「もしもし、運命の人ですか~?」
「あ、はい、イトウです」
「あ、電話代あれなんで、そっちからかけ直してください」
「……。」
で、掛け直したら、
「新居みつかったから、見てみて。メールでホームページのアドレス送るから。じゃ、一回切るね」
「……。」
で、PCメールを開いたら、
「ぜったいに、ココがいい。」という本文に、某デザイナーズマンションの販促サイトのアドレスが貼付されてました。見てみると武蔵野市の某巨大新築マンションの最終分譲で、週末に予約制の見学会を開催するとかしないとか。
「見たら、電話ください」のメールが来たので、電話したら、
「見に行こう、買いに行こう!」
でも、「マンション見学」は一回JunkStage書いてるし、電車でこの子と遠出するのはなんだか…。
「今、伊藤さんの名前で見学会の予約入れたよー」
そうですか。
で、オレンジ色の中央線に並んで座って出かけたのですが。
このマンション、どこが気に入ったの?
「そりゃ、もちろんデザイナーズでしょ!あと耐震性」
「ズ?耐震性?」
「耐震なんとかがレベル2だって。それってすごいの?」
「どうだろ」
「伊藤さんちのマンション(賃貸)、あれでしょ偽装でしょう。姉歯」
「となりがね」
「ほんっと許せないよねー。地震で家具とかに潰されて死ぬのは嫌だって!なんで分からないのかな!」
「そうだねー」
国分寺だか国立だかの駅に着きまして、そこからはタクシー。
なのですが、二人とも今から見学に行くマンションの名前が思い出せない。
「どちらまで?」運転手さんに聞かれて女子、
「あのー、なんだっけ。なんとかなんとかっていうマンションです」
「?」
「いや、だからマンションを見に…行きたいんです!見学!」
それじゃ通じるわけないよ女子。
「ああ、<ク×ウン×ー×ン武蔵野>のモデルルーム見学会ですか?」
通じた!
「あ、それ。それでいいですよ」
すごい。何事にも慎重さを旨として当たる自分としては、この強引さに学びたいところもあります。
「わたしねー、大抵の事ってなんとかなると思ってるから。」
「ああー」
「マンションだって買えるよ、たぶん」
「うーん」
「買うのは伊藤さんだけどね」
「ああー」
「がんばってね」
「うーん」
そうこうしているうちに、車は<ク×ウン×ー×ン武蔵野>の「エントランス玄関」前に。エントランスと玄関て同じ意味じゃん?思う間もなくいらっしゃいませ!!お待ちしておりました!!こちらへどうぞ!!明らかにマンションなど買えそうにない、学生テイストの女子&タクシーの領収書をもらうのに必死な無職テイストの男子(実は劇作家兼俳優)を迎えるため、寒空に立ち尽くすスーツ姿の社会人6名。
そびえ立つ「エントランス玄関」は、ただただ来客を迎えるために特化された建物のようで、そこを通りぬけると中庭があった後、さらにロビーとクローク(!)が付設された「ウェルカム・ホール」。
マンションなのに、クローク?ロビー?「さっきのエントランス玄関、伊藤さん家より広いでしょー」この子はどうしてひそひそ話の声が大きいのか。こちらでお待ちください、と勧められたソファ様が置かれていらっしゃる床が大理石。ガラス張りの壁の向こうにはさらに中庭、そこを流れ落ちる滝(アクアテラスと言うらしい)。
「伊藤さん、滝だよー」待っててって言われたでしょ、どうして勝手に中庭に出て、滝に触って、滝に入ろうとしてるところに、偉そうなスーツの人が戻ってくるの。
「はっはっはー、良いですよねー滝」
ぜんぜん「良いですよねー」ではない目で女子の方をみながら、ご案内の方が施設の説明を始めます。24時間常駐の警備員、子供用プレイルーム、トレイニングジムに無線LAN完備の図書室、ゲスト用宿泊ルームにマッサージチェアルームetc.etc.無料で使えて、すごいんです、安いんです、ところでご家族はお二人だけですか?
きたきた、この質問。前回はドキドキしながら答えたけど、今日は目を見て言ってやろう。
言ってやった。
女子の目を見る。
恥ずかしそうにうつむく女子。はにかむ僕。
つられてはにかむご案内の方。
やった、共有!
この偽装結婚に、また一人共感者が増えました。
こうして、僕らの偽装はより本物に近づいていくのでしょう。永遠に近づき続けるだけかもですが。
「なるほどーいいですねー」なにがいいのか、コメントに困ったのか満面に微笑むご案内さん。「当マンションはですね、セキュリティも万全、公園も学校も近くて、お子さんをお育てになるには最高の環境ですよ」「まあー左様ですかぁ」顔を赤らめる女子。「じゃあ、伊藤さん、ね…」ね…じゃない。こんな見ず知らずの社会人さまの前でソフト下ネタしてる場合じゃない。というか、夫を苗字で呼ばない!「はっはっはー良いですねー」良くない。
「ところで、本日は何が決めてとなって、当マンションを見学いらしたんですか?」
「あのぉ、やっぱりデザイナーズです」
「ああー、なるほど。ですよね、いいですよねーデザイナーズマンション(笑)」
「えへへ(笑) デザイナーズもやっぱりこのマンションに住んでるんですか?」
「はっはっはー、それでは、まず1階の付帯施設から順番にご案内しますね。こちらです」
女子の不思議な質問を華麗にスルーしてご案内さんがご案内してくれたのは、ひとつひとつが瀟洒なインテリアでコーディネートされた付帯施設の数々。なかでもゲスト用宿泊ルームは、専用のジャグジーまでついていて、ちょっとした高級ホテル並み。
「こちらは、一泊5000円でご利用できます。ご実家の親御さんや遠方からのお客様などがいらした時にご利用ください」
「うちらも泊まれるの?」
「もちろん、マンションの住人の方でしたら、いつでもご利用になれます」
「いいねー、むしろここに住みたいねー。今日とか空いてないんですかぁー?」
「次のお部屋はトレイニング・ルームです」
ルームランナーの上で走るマダムあり、バランスボールに座るマダムあり、ストレッチをするマダムあり。
「ここってぇ、たとえば大きな声とか出しても平気ですか?」
「大丈夫ですよ。周りの迷惑にならない程度でしたら、基本的に、自由になんでもしていただけます。」
「じゃあ、えーと。歌は?」
「周りの迷惑にならない程度でしたら大丈夫です」
「じゃあ、踊りとかは?」
「周りの迷惑にならない程度でしたら大丈夫です」
「えへへ!えへへ!(興奮気味)」
「…そろそろお部屋の方を観にいきましょうか」
こうして、立派な会社人であるご案内さん(名刺をいただきました。×久保さんありがとうございました)の脳溝に、無用な愛(偽装)の爪痕をいくつも残しながら、マンション見学は進みました。