先日、まだ師走の頃でしたが、これまでに何度かこの場をお借りして書いてきた『飲んだときのノリで「絶対いつか結婚しようね」「うん、そうだね」ということになった』某女子から久々に電話がかかってきました。
 
 
「もしもし、イトウさんいますか?」
「いや、携帯だから」
「イトウさんはチャンスセンターに行きますか?」
「チャンスセンター?」
「今、バイト中で16時に終わるんで、17時にチャンスセンターに集合してください」
「え、それどこ?」
「わかりません、調べといてください」
「は?」
「今バイト中なんです、もう切っていいですか!」
「バイト中に電話して大丈夫なの?」
「ダメに決まってるでしょ!もう切りますよ!」
 
 
検索窓を開いて入力&Enter、”チャンスセンター”に関するページが並びます。 
 
一般に東京で”チャンスセンター”と言えば、「西銀座チャンスセンター」のことを指し、「日本で最も多くの年末ジャンボ1等を出すことから、全国から宝くじを求めてやって来る、宝くじファンなら誰でも知っている宝くじ売り場」なのだそうです。なるほど。
 
 
イトウは、宝くじを買ったことがありません。宝くじで1等が出るのは「乗ってる飛行機が墜ちる確立より低い」みたいなことを言って、かたくなに購入を控えてきたのです。
ですが、ひとたび買うとなれば「絶対に当たらなきゃ嫌だ」という素直な気持ちの湧くところが、イトウの臨機の応変さです。どうしたら「絶対に当たる」のかグーグルさまに訊いてみまました。
 
 

●自室の西側に黄色いものを置く
●トイレの便器をピカピカに磨き上げる
●トイレの蓋を絶対に開け放しにしない(ウン(運)が逃げるそうです)
●赤いものを着て売り場に行く
●一度に100枚以上買う

 
 
等が”鉄板”らしいです。なるほど。
 
 
どれもいろいろな理由でハードルの高い条件ですが、3億当たるというのだから仕方ありません。とりあえずユニットバスをピカピカにして、西側の窓にピカチュウの写真をプリントアウトしたものを貼りました。一度に100枚以上…はさすがに無理ですが、とにもかくにも赤いシャツを羽織り、銀座へ向かうことにしました。
 
 
日比谷線を降りて地上に上がると、すぐ目の前にのぼりと人々の群れがあります。
 
 
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ジャンボが発売してからだいぶ経つというのに、欲の皮の突っ張った善良なやつらが角を曲がって100m近い列をなしていました。「夢を買う」なんていうと聞こえは良いですが、この場に並ぶ全員が心中「3億3億」念じているかと思うとぞっとしません。むしろぞっとします。皆、そこまでして当たりくじが欲しいのでしょうか。庶民どものあさましさになかばあきれつつも、先に当たりくじを買われてはたまりませんので、イトウも慌てて列の後ろにならびます。
 
 
長い列の最後尾に着くと、ちょうど女子も着いたとこでした。
 
 
「おまたせ」
「超人々がならんでるんですけど!」
「まあ日本一らしいからね」
「聞いてないです」
「誰に?」
「誰にも!」
「そうかー」
「クソさみい!」
 
 
会った瞬間に急角度で傾きはじめた女子の機嫌をどうしよう、オロオロあたりを見回していたら、”Docomo”のロゴが入ったジャンパーを着たお姉さんがやってきて「カイロでーす」ホッカイロ的なものと新製品のパンフ的なものの入った手提げ袋をくれました。
 
 
「ホッカイロじゃん!」
「ほんとだ、すごいね」
「ドコモやるな」
「やるねー」
「こんなん、3億当たったら絶対ドコモ買うじゃないですか」
「買うねー」
「寒いんでイトウさんのホッカイロもください」
「うーん」
 
 
ひとまず持ち直した女子の機嫌に安堵しながら、列の前方を眺めると、警備のおじさん的な方が「ここから1時間待ちでーす」表情のない声で呼びかけていました。ディズニーランド並です。どちらにも夢がありますが、この列に並ぶ人の目はどこか曇りがちです。
 
 
「そういえば、結構久しぶりだよねー会うの」
「あ、そうですか」
「最近は何してるの?」
「男遊び」
「へー、なんかすごいね」
「みんなおごってくれるんですよ」
「へえー」
「でもなんか、最後みんな怒るんです」
「そうなの?」
「おごってくれるって言うから、なんて良い人なんだろうって思ってついてくと、なんかみんな最後怒るんです」
「ああー」
「ひどくないですか?」
「ひどいねー(たぶん君が)」
 
 
そうこうしているうちに、警備のおじさん的な方がやってきて、最整列を促しながらこんなカードを手渡してきました。
 
 
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妙にリアルな札束の画像が入った裏面に、否が応でも期待が膨らみます。
 
 
「今日わたし全財産はたいて買いますから」
「え、マジで?」
「今、財布に3000円と小銭しかないです」
「いや、ヤバくない?」
「ヤバいです。今月も家賃が払えなくて、」
「えー」
「大家から親に連絡行っちゃって、」
「うわー」
「だから、これ以上迷惑かけられないと思って。それでここに」
「ああー」
「がんばりましょう!」
 
 
「よしっ!」すっかり腰を据えてならぶ覚悟ができたらしく、女子は背負っているリュックから、今月は板尾創路が表紙の文芸誌「本人」を取り出して読み始めました。「これ全巻持ってるんですよ。一冊だけ買い逃したんですけど」それは全巻じゃないねー。
 
 
女子が読んでいる「本人」を斜めから覗き読んだところ、それは某芸人の奥さんのエッセイで、一度はブレイクしたものの、すぐに下火になって家でゴロ寝している夫のせいで家計は火の車、結局刃物まで出てくるケンカになって二人は離婚…といった内容で、なかなかに面白い文章でした。
 
 
「結局この人たち、お金がないから別れたんですよね」
「まあ、ざっくり言うとねー」
「なんか悲しいですね」
「そうだねー」
「お金じゃないですよね、やっぱ」
「そうだねー」
 
 
そうこうしているうちに、だいぶ売り場が近づいてきました。
 
 
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「どうしよう、近づいてきたよ?」
「3億当たったらどうする?」
「えー、わたしもう3億とか贅沢言わない、1億でいい」
「じゃあ1億当たったら?」
「うーんと、まず先月の家賃を払って、」
「ぜひ払って」
「で、これから先暮らすのに一生困らないだけのお金だけ別にわけて、」
「それって、いくら?」
「え、うーん6000万とか?」
「じゃあ、ОО (女子の名前)はさ、月にいくら使えたらだいたいいいの?」
「うーんと30万くらい?」
「じゃあ、それ1年で360万だよね」
「うん」
「ってことは、10年で3600万円でしょ、」
「え、10年でそんな!」
「30年で1億800万」
「どうしよう!わたし1億じゃ足りなかった!」
 
 
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とうとう、自分たちが買う番がやってきました。西銀座チャンスセンター、1番窓口。
列の最後尾からここまで、きっちり1時間というところでしょうか。まずは、女子が全財産を握りしめ窓口へ。
 
 
「いらっしゃいませ」
「3億円あたるくじをください」
「はいー、連番ですか?バラですか?」
「は?」
「連番ですか、バラですか?」
「どうしようイトウさん、どっち買えばいい?」
「3億は前後賞あわせてだから、連番じゃないと当たらないよ」
「え、じゃあ連番じゃなきゃだめじゃん、3億円当たる連番!」
「はいありがとうございます、3000円です」
「くぅー!3000円!」
 
 
その後、イトウも連番できっちり10枚を買い、
 
 
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ようやく金欲にまみれた善良な人混みから脱出することができました。あたりはすっかり暗くなって、寒さが身に沁みます。冬の寒空に1時間強の野ざらし、これだけの労力を強いられて当たらなかったら、いくら温厚なイトウでも怒りださずにいられません。ごちゃごちゃ言わずに黙って当たって欲しいです。
 
 
「買えたね」
「買えたね」
「わたし、今年最後になって、やっと人生にとって何か意味のあることができた気がします」
「そっかー」
「えへへ」
「うんうん」
「イトウさんおなかすかない?」
「すいたねー」
「わたし、ハンバーグが食べたいです。牛肉の」
「そっかー」
「いきますか?」
「うーん、でもきみたしか全財産、」
「イトウさん、わたしハンバーグが食べたいです、とても。牛肉の」
「うーん」
「せっかくの銀座ですよ?」
「あ、でもごめん、イトウもお金おろし忘れてて今いくらも無いから、ほら」
「じゃあ銀行いきましょう、りそなでしたっけ?」
「え、うん。」
 
 
そして、銀座松坂屋横のりそな銀行で無事お金をおろした後、「ここでもいいですよー」と女子が言う三崎港直産(?)のお寿司屋で夕食をとり、明日バイトに行く交通費がないという彼女に3000円を貸し与え、家路につきました。
 
 
一日の収支に疑問を感じずにはいられないイトウでしたが、2010年こそは人生の黒字化転換を目指し、JALに負けじとがんばっていきたい所存です。今年も、何卒よろしくお願いいたします。